活版名刺コラム|第13回 文字には、性格がある
お盆休みのある日。
久しぶりに、押入れの奥から「太宰治全集」を取り出しました。
私が持っているのは、昭和50年発行の筑摩書房版。
全12巻です。
どうやって手に入れたのか、もう記憶にありません。
当時は単純に太宰治が好きで手に入れたのでしょうが、
今では少し違った楽しみ方をしています。
本を読むというより、
活字を眺める。
紙を触る。
ページ全体の空気を味わう。
そんな感じです。![]()
古い本を開くと、まず文字の美しさに目が止まります。
この全集には、精興社の明朝体が使われています。
線は柔らかく、ひらがなは少し小ぶり。
丸みがあり、伸びやかで、文章全体に独特のリズムがあります。
私はそこに、どこか「体温」や「情緒」のようなものを感じます。
似た雰囲気を持つデジタルフォントに、
「筑紫Aオールド明朝」があります。
こちらも、きれいに整いすぎていないところが魅力です。
人が筆やペンで文字を書いたときの、
わずかな揺らぎや動きが残っているように感じます。
一方で、同じ明朝体でも、まったく違う印象を持つ書体があります。
「秀英明朝」です。
こちらは、私には少しツンとした、
賢くて凛とした文字に見えます。
線の端々にキレがあり、
柔らかさというより、気品や緊張感を感じます。
同じ『人間失格』でも、
精興社の文字で読むと、
主人公の弱さや独白が、どこか肉声のように迫ってくる。
秀英明朝で読むと、
少し距離を置いて、冷静に物語を眺めているような気持ちになる。
もちろん、これは私個人の感覚です。
けれど、
同じ文章でも、書体が変わると、受ける印象まで変わる。
これは、長年文字を扱ってきて、いつも感じることです。
そして、活版名刺を作るときにも、
私がとても大切にしているのが、この「書体選び」です。
例えば、以前ご依頼いただいた女性弁護士の先生。
弁護士としての信頼感がありながら、
ギャラリー活動にも携わっていらっしゃる方でした。
私が考えたテーマは、
「知性と感性をあわせ持つ、しなやかな法律家」。
堅すぎず、甘すぎず。
装飾を増やさず、紙と余白と文字で、その方らしさを表現したい。
そこで選んだのが、「筑紫Aオールド明朝」でした。
同じ名前でも、
明朝体にするか、
ゴシック体にするか、
少し癖のある書体を選ぶか。
それだけで、その人の印象は驚くほど変わります。
職種や肩書き、お名前、そしてその方のお人柄を想像しながら、
「この方には、どんな文字が似合うだろう」
と考える時間。
活版名刺のご注文をいただくたび、
私はこの時間をとても楽しんでいます。
文字には、性格がある。
そして名刺の文字は、
その人の代わりに、静かに語っているのかもしれません。